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高松高等裁判所 昭和48年(ネ)80号 判決

控訴人

株式会社高知放送

右代表者

西本正三

右訴訟代理人

隅田誠一

被控訴人

塩田正興

右訴訟代理人

土田嘉平

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所も、本件解雇は客観的合理性を欠き、解雇権の濫用として効力を生じないと判断するのであり、この結論に到達するまでの認定・判断などは、原判決の理由の説示と同一であるから、それをここに引用する(編注、以下本判決で訂正付加された後の原判決理由を掲げる)。

第一、当事者間に争いのない事実

被告がテレビ・ラジオの放送事業を営む株式会社であること、原告が昭和四〇年四月一日被告に雇用され、編成局報道部のアナウンス担当部員として勤務していたこと、原告は、昭和四二年二月二二日午後六時から翌二三日午前一〇時までの間ファックス担当放送記者黒川務と宿直勤務に従事したが、同日午前六時二〇分頃まで仮眠していたため、午前六時から一〇分間放送されるべき定時ラジオニュースを全く放送することができなかつたこと、原告は、同年三月七日から翌八日にかけて、前同様山崎福三と宿直勤務に従事したが、同日午前六時からの定時ラジオニュースを約五分間放送することができなかつたこと、被告は原告の右行為が就業規則に違反するとして同年四月二二日原告を解雇する旨の意思表示をなしたこと、被告が適用した就業規則の各条号が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

第二、就業規則違反について

一、懲戒処分に至るまでの経緯

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  泊り勤務

1 昭和四二年三、四月当時、被告編成局報道部には報道部長一名を含む五名のアナウンサーが勤務し、A勤務(午前一〇時三〇分から午後六時三〇分まで)、B勤務(午前一一時から午後七時まで)、泊り勤務(午後六時から翌日の午前一〇時まで)を順次交替して行なつており、月平均六回位まわつてくる泊り勤務は、アナウンナー一名と放送記者一名で従事し、宿直当夜午前零時の放送終了後は仮眠を許されていた。

2 翌朝の放送開始は午前六時から一〇分間放送される定時ラジオニュースであるが、そのニュースの編成は放送記者の職責、その放送はアナウンサーの職責とされていた。放送記者は、東京の共同通信社より、午前五時五分頃から送られてくるニュース素材等を一〇分間で放送しうるよう整理する職責があるため、被告から午前五時までに起床するように指示されていた。また、アナウンサーは起床直後は正常な音声が出ないことがあるのと、右ニュース原稿を下読みする必要とから、五時三〇分頃までに起床するよう被告から指示されていた。そして、右起床は各自の責任においてなすべきこととされていた。

3 被告は、泊り勤務者の起床用に目覚し時計一個を報道部に備えていたが、これは建前はともかく先に起床する放送記者が使用して起床し、アナウンサーは先に起床した放送記者に起して貰うといつた方法もかなり行われていたし、個別的に夜警員に依頼したりして、その寝過しを予防していた。

4 被告は、仮眠場所として、放送記者に対しては報道部室(高知放送新館二階に所在)を、アナウンサーには放送室(新館二階に所在し、報道部の近くの防音になつた個室)を使用するよう指導していた。これは放送記者に対しては報道部室にファックス(模写電送)や有線式の同報電話が装置されていること、午前五時になると共同通信社から同報電話を通して一分間チャイムが鳴らされ、その後全国地方放送局の名前を呼んで点呼すること、臨時ニュースがある場合同報電話によつて知らされること、気象台から五時三〇分から五〇分にかけて、知らせてくる天気予報の手廻し電話が報道部室に備えられていることから、放送記者の寝過し予防をかねており、アナウンサーに対しては、寝不足による声の変調を少しでも防止するためであつた。したがつて同報電話の右機能を確保するため、睡眠の妨げにはなるが、電圧をあげて仮眠するよう指導していた。

(二)  放送事故処理

被告においては時折大小の放送事故が、発生していたが、このような場合従業員は、就業規則三三条一二号により事故報告書を所属部長を経て所属局長に提出して報告し、上司よりの要求があれば更に始末書を提出し、局長はこれらを放送本部長である中平常務取締役を経て社長に提出、報告し、懲戒処分は社長において常務役員会の意見をきいたうえで、これを決定することになつていた。

(三)  第一事故

1 原告は昭和四二年二月二二日高知新聞社放送記者黒川務と泊り勤務に従事し、同日午前零時の放送終了後黒川が目覚し時計をもつて高知新聞社編集局の宿直室で就寝し、被控訴人は同人に起して貰う約束のもとに放送室で仮眠に入つたが、翌朝黒川も寝過したため起して貰えず午前六時二〇分頃目覚めたため(この時黒川は未だ起床していなかつた)、午前六時からの定時ニュースを全く放送することができず、午前六時三〇分からの「農協便り」の中で、天気予報を放送したのみであつた(この天気予報が前日のそれであると認めるに足る証拠はない)。

2 右事故について、原告は事故当日始末書を坂井編成局長に提出したが、同局長は、原告が過去に放送事故歴のなかつたことと、自己の非を卒直に認めて謝罪するという態度であつたことから、原告に対し、将来再び事故を起さないよう注意したうえ、右始末書を自己において保管しておく旨告げてこれを保管し、自分限りでおさめた。

(四)  第二事故

1 原告は第一審事故から二度目の泊り勤務にあたる昭和四二年三月七日、放送記者山崎福三と宿直勤務に従事したが、同八日午前一時すぎ頃、山崎が目覚し時計を持ち放送室で仮眠に入つたため、同人から起して貰うことにし報道部室で同報電話の電圧をさげ仮眠した。

2 当日の夜警員山本明治は、前夜原告から起してくれと依頼されていたので、午前五時三〇分頃放送室に赴き、そこで寝ていた山崎を原告と取り違えて起したところ、同人が原告は奥で寝ていると答えたため、更に報道部室へ行き、原告の名前を二、三回呼んだ。すると原告はソファの上に上半身を起して「ハイ」と返事したので、一階の通路の扉を開けてある旨告げた。

3 しかし原告は、その後も眠つてしまい、山崎も寝過したため起して貰えなかつたし、電圧をさげていたため日報電話による点呼も聞えないまま午前六時二、三分前頃目覚め、その時報道部室に山崎の姿はなく、ファックスから、自動的に出たニュースのテープが山積みになつているのに驚き、とりあえずテープを適当な長さに引きちぎり、次に気象台に電話をかけたが応答がなかつたのでこれをあきらめて身つくろいをしていたところ、スタジオの技術部の宿直者山岡から電話で急ぐように催足された。そこで原告は右ニュース素材を持ち旧館一階のラジオスタジオに行くため、まず二階通路の扉に向つたところ鍵がかかつていたため、更に一階通路の扉に向かつたが、同扉は重かつたのでここも鍵がかかつていると思い違いをして四階に上がり四階通路を経てやつとスタジオに入り、六時五、六分頃から放送を始めた。

4 原告は短期間内に二度目の事故を起して気後れしておりまた、事故を報告すれば山崎の寝過しも報告する結果になることから、事故報告をせずにいたが、三月一四、五日頃事故の発生を上司から聞き知つた小椋部長より事故報告書の提出を求められ、事実とは異なる、大体次のような内容の事故報告書を提出した。「三月八日午前六時のラジオニュースの頭初部分二、三分が空白になつたが、それは原告が放送時刻に間に合うように報道部室を出たのに、一階通路と二階通路の各扉に鍵がかかつていたため、やむを得ず四階通路を通つてラジオスタジオに入つたことによるものであつて、右事故の原因は、一、二階の通路が使用できなかつたことと、使用できないことを事前に知らされていなかつたことによるものである。」原告は更に同月二〇日同部長の要求に応じて大略次のような内容の始末書を放送本部長に提出した。「午前六時直前に起きたのは私の不注意であつたので今後の戒めとしたい。ただふだん通つているドアが閉つていたこと、それが閉つていることを予め知らせてくれなかつたことが放送が大きく遅れた原因であつた。」

5 ところが原告は、本部長から右始末書が、自己の非を詫びることを本旨とする始末書の体をなしていないと指摘され、書き直しを命じられたため、同日改めて次の内容の始末書を書き同部長に提出した。「三月八日早朝のニュースに空白が生じたことをお詫びします。起床時間が放送開始ぎりぎりになリニュースの準備のため部屋から出発するのが遅くなつたことは全くの不注意で、今後このようなことのないよう充分反省し以後の戒めとします。なお空白の時間が長びいたのは、前日午後五時から当日午前九時までの間通常使用している通路が通れなかつたため廻り途をしたことによるものです。今後は、安全に気を配り、充分の余裕をもつて放送に臨む所存です。」

(五)  処分

坂井局長は第二事故を報告するに当つて、第一事故も放送本部長に報告し、その後常務役員会において原告の処分につき検討した結果「原告は就業規則第四八条第一、二、四、六の各号に該当するので、第四九条第五項により懲戒解雇とすべきところであるが、再就職など将来を考慮して、普通解雇とする。」との結論に達し、被告は同年四月二二日原告に対し右解雇の意思表示をなした。なお、山崎は第二事故によりけん責処分にされた。

以上の事実が認められ、前掲証拠のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、懲戒事由の存在

よつて前記認定の各事実を綜合し、原告の行為が懲戒事由に該当するか否かにつき判断する。

(イ)、右に関して原告訴訟代理人は第一事故については、原告は坂井局長に始末書を提出した際、同局長から厳重な注意をうけ、その処分はすでに終つていると主張するが前記認定のとおり、正規の処分は社長が常任役員会等の意見をきいて行うことになつているのであるから、同局長の注意をもつて直ちに被告の懲戒処分とみなすことはできない。従つて第一事故につきこれを不問に付すことはできないこと。

(ロ)、またファックス担当員にはアナウンサーを起床さすべき義務がないのであるから、原告の寝過しを、当日のファックス担当員の責任に帰することはできないこと。

(ハ)、第二事故については、二階通路の扉に鍵がかかつていたことは認められるが、当日午前五時三〇分頃夜警員の山本から起こされたのに、原告が午前六時二、三分前まで眠つていたこと、一階通路の扉は、実際には鍵がかかつていなかつた(乙一六号証)ことを併せ考えると、第二事故の原因が、原告主張のように被告の社屋管理の不備によるものと認めるのは相当でなく、原告の責に帰すべきであること。

(ニ)、更に原告は就業規則上、事故報告書の提出を義務づけられているのに、上司から要求されるまでこれを提出せず、後になつて事実と異つた事故報告書を提出したこと。

(ホ)、午前六時の定時ニュースは聴取者にとつて重要度が高く、第一、第二事故が被告の対外的信用を著しく失墜し、被告に相当大きな不利益を与えたこと。

等よりすれば、原告の行為は、第一、第二事故を起した点につき、就業規則第三三条第一号、第四八条第一、二、四号に、第二事故に関し事故報告書の提出を怠つた点につき、同第三三条第一二号、第四八条第一号に、虚偽の内容の事故報告書を提出した点につき第四八条第六号にそれぞれ該当するものと認められる。

三  解雇の効力

(一)  〈証拠〉によれば、被告の就業規則第四八条では、同条所定の第一ないし第八号の一に該当するときはこれを懲戒すると定め、同第四九条では懲戒処分の種類として、けん責、減給、出勤停止、懲戒休職、懲戒解雇の五段階の処分方法を定めている。また、同第一五条では、「従業員が次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告して解雇する。但し会社が必要とするときは平均賃金の三〇日分を支給して即時解雇する。ただし労働基準法の解雇制限該当者はこの限りでない。一、精神または身体の障害により業務に耐えられないとき。二、天災事変その他己むをえない事由のため事業の継続が不可能となつたとき。三、その他、前各号に準ずる程度の己むを得ない事由があるとき。」と定めていることが認められる。

(二)  ところで前記認定の事実によれば、被告は原告の行為が就業規則所定の懲戒事由に該当し懲戒解雇に処するを相当と考えながら、これを普通解雇としたものであるが、一般に就業規則所定の懲戒事由が存する場合、形式上懲戒処分たる懲戒解雇に処することなく普通解雇に処することは、その実質が懲戒処分であつたとしても、必ずしも許されないものではない。けだし、客観的に懲戒解雇を相当とする場合、これを普通解雇に処することは、特段の事由がない限り当該労働者にとつて利益にこそなれ不利益をもたらすものではないからである。しかし、一般に就業規則に軽重数段階の懲戒処分の種類が定められている場合において、そのいずれを選択すべきかについては一応使用者の自由な裁量に委されてはいるものの、その恣意的な選択が許されないのと同様に、使用者が実質的には懲戒の趣旨を以て労働者を普通解雇に処する場合においても、それが社会通念上是認し得ない程度に客観的合理性を欠く場合には解雇権の濫用として許されないものと言わねばならない。そして、具体的に如何なる場合に右の解雇権の濫用に当るかは、個別的事案につき、当該解雇の動機、目的、被解雇者の行為、情状を綜合して判断すべきであるが、解雇(懲戒解雇及び懲戒の目的を以てする普通解雇)が労働者にとつて最も重大な制裁であることを考えると、その行使は極めて慎重であるべきであり、当該労働者を是非とも企業外に放逐しなければ到底企業秩序を維持し得ない場合には格別、具体的事情を綜合勘案しても右の程度に至らないような場合には、特段の事由がない限り解雇は客観的合理性を欠くものと言わざるを得ない。

(三) そこで本件の場合解雇権の濫用に当るか否かについて判断するに前記認定事実のとおり、

1 午前六時の定時ラジオニュースは、被告の放送開始番組として、聴取率の如何にかかわらず聴取者にとつて重要度が高く、従つて本件のごとき放送事故を起すことは定時放送を使命とする被告の対外的信用を著しく失墜するものであつたこと、アナウンサーが泊り勤務に従事する中心的目的は、午前六時からのニュースを放送することであるのに、原告が、寝過しという同一態様に基づき、特に二週間内に二度も同様の事故を起したことは、その職責上定時勤務を厳格に要求されるアナウンサーとして、責任感に欠けるものであつたこと、にもかかわらず第二事故後卒直に自己の非を反省せず、責任を会社に転嫁するような態度をとつたこと等を考慮すると、原告において相当強く非難されてもやむをえない面もある。

2 しかし一方、本件事故はいずれも原告の寝過しという過失行為によつて発生したものであつて、悪意ないし故意によるものでなく、またファックス担当員にはアナウンサーを起床さすべき義務がなかつたとしても、通常はファックス担当員が先に起き、アナウンサーを起こすようになつていた〈証拠略〉ところ、本件第一、第二事故ともファックス担当者においても寝過し、定時に原告を起こし、ニュース原稿を手交しなかつたのであるから、事故発生につき原告のみを責めるのは酷であること、原告は第一事故については直ちに謝罪し、第二事故については前記認定のとおり起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと、第一、第二事故とも寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと、被告において早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかつたこと、事実と異なる事故報告書を提出した点についても、一階通路ドアの開閉状況につき原告の誤解があり、また短期間内に二度の放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、右の点を強く責めることはできないこと、原告はこれまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くないこと〈証拠略〉、第二事故のファックス担当者山崎はけん責処分に処せられたにすぎないこと、被告においては従前放送事故を理由に解雇された事例はなかつたこと〈証拠略〉、第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、等の事実を考慮すると、本件の場合、原告をこの際ぜひとも企業外に放逐しなければならない客観的必然性はなく、結局本件解雇は客観的合理性を欠き解雇権の濫用として効力を生じないものと言わなければならない。

四  判断

そうすると、本件解雇が無効である以上その余について判断するまでもなく原告は被告に対しなお現に雇用契約上の権利を有する地位にあることが明らかであり、且つ〈証拠〉によれば、原告の平均賃金は一ケ月金三万四、〇九五円であることが認められるから原告は被告に対し、昭和四二年四月二日以降一ケ月金三四、〇九五円の割合による平均賃金の支払を受ける権利を有するものと認められる。

五  結論

よつて原告の本訴要求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(編注、引用部分終り)

二当審における控訴人の主張に対する判断

(一)  先ず控訴人は、原判決が報道部備えつけの目覚し時計は、先に起床する放送記者が使用するのが常であつた旨認定している点を非難する。

なるほど控訴人が泊り勤務者の仮眠場所として、放送記者に対しては報道部室、アナウンサーには放送室を使用するように指導していたこと、そして報道部室にはそこで仮眠する放送記者の寝過し予防を兼ねた二、三の装置が設置してあることは前認定(訂正して引用した原判決理由第二の一の(一)項4)のとおりであるから、控訴人が目覚し時計を報道部室外で仮眠する者のために備えつけたと主張すことは十分首肯できる。ただ前掲(引用した原判決挙示、以下特にことわらない限り同じ)〈証拠〉を総合すると、管理者の泊り勤務が実施されていなかつたため、控訴人の右指導は必ずしも周知徹底していなかつた憾があるのであつて、実際には放送記者が報道部室で仮眠すると限られなかつたことと関連し、先に起床すべき放送記者が目覚し時計を使用して起床し、適当な時間に相い勤務のアナウンサーを起すといつたこともかなり行われていたことが看取されるのであつて、この認定に反する証拠はない。

(二)  次に控訴人は、被控訴人が第一事故の際に、その朝の天気予報を取材できないまま、前日取材の天気予報を放送して糊塗した旨主張する。

なるほど前掲乙第一八号証には控訴人の右主張に副う部分があり、それによると当時報道部長であつた小椋克己が第一事故の急報に接して午前六時三〇分ころ自宅から駈けつけたところ、丁度起き出して来た直後と思われる被控訴人と会つているから、天気予報を取材する暇がなかつたと推測されるということと、被控訴人から前日の天気予報を放送したと聞いたというのであり、原審証人三谷登もそれを裏付ける趣旨の証言をする。右乙第一八号証と原審における被控訴人本人尋問の結果によると、報道部長小椋克己が第一事故の急報に接してその頃会社へ駈けつけ、被控訴人と会つたことは動かし難いところであり、小椋克己は直接の上司として日頃被控訴人に接していただけに、同人の証言を一概に過少評価することは適当でないのであるが、それにしても右被控訴人本人尋問の結果と前掲甲第四号証によると、被控訴人は天気予報を含む「農協便り」の放送が終つた直後の午前六時四〇分ころ小椋と会つたというのであるから、両者の言い分に微妙な違いがあつて他にいずれとも決しうる証拠がないうえ、小椋のこの点の言い分は被控訴人からの伝聞であつて極めて曖昧であり、しかも同人が被控訴人から本当に聞いたというのであれば事は重大で聞き流しにできる事柄でない筈なのに被控訴人が放送したという天気予報の内容を検討するなどの措置をとつていないこと、その他右甲第四号証に同被控訴人本人尋問の結果を合せ考えると、矢張り被控訴人が前日取材の天気予報を放送したと認めえないのであつて、この点の原判示は相当というべきである。

(三)  また控訴人は、第二事故の際に被控訴人が遅ればせながら放送したニュースの原稿は、その時のファックス担当者山崎福三が整理して被控訴人に手渡したものだと主張する。

なるほど山崎福三が作成したものであることに争のない乙第三号証の一にその旨の明確な記載があり、また当審証人山崎福三の証言中にも右に副うと思われる部分がみられる。ただ同証人は、右事項について否定的な証言をもするなど全体として曖昧さが目立つのであるが、これを控訴人が指摘するように同じ組合員である被控訴人を庇うための仕種とも受取れなくはない。しかしそうだと断定するためには、乙第三号証の一が真実を伝えているということを前提とすべきであろうが、前掲乙第一八号証によると報道部長小椋克己は、もし山崎がニュースの整理をしたとすれば、同じ部屋で仮眠していた被控訴人を起しえた筈だといつたことなどを理由として、山崎が整理したということに疑念をさしはさむのであつて、同人が直属の上司でもあるだけに無視できない論拠を提供するものというべく、これらの事情に前掲甲第四号証、同第八号証、同第九号証の一・二、原審における被控訴人本人尋問の結果を合せ考えるに、右乙第三号証の一の関係部分は未だ措信するに足りず、結局控訴人主張の右事実を認めるに足りないというべきである。

(四)  続いて控訴人は、被控訴人が第二事故の報告を遅滞した理由に関する原判示を非難するけれども、その論拠とすると思われる資料はいずれも臆測の域を出ないのであつて、未だ信用するに足らず排斥を免れ難いというべきである。

(五)  控訴人は、被控訴人が第二事故の際、報道部室で仮眠するに当り、臨時ニュースが流されることもあるし、寝過し防止にも役立つから、同報電話の電圧をあげたまま仮眠しなければならないのに、敢えてこれをさげたなどと主張する。

報道部室に同報電話などが設置されていて、不時に臨時ニュースが流されることがあるほか、同報電話が泊り勤務者の寝過し防止の機能を果すようにしてあるため、同報電話の電圧をあげたまま仮眠するように指導されていたこと、しかし電圧をあげたままだと雑音などを発し睡眠を妨げること、被控訴人は当夜同報電話の電圧をさげて仮眠したことは、前認定(訂正して引用した原判決理由第二の一の(一)項4及び同(四)項1)のとおりであり、また原判決がこの点につき言及していないことも指摘のとおりである。

すると電圧をさげたことによつて共同通信社からのニュースを自動的に受信することに支障がない(原審における被控訴人本人尋問の結果)にしても、それを泊り勤務者が即座に覚知することが困難となるであろうし、同報電話の寝過し防止の機能を減殺することは否めないところであるから、寝過しした被控訴人としては控訴人の或る程度の非難を甘受しなければならないことは当然である。

ただ前認定(訂正して引用した原判決理由第二の一の(四)項1)のように被控訴人は目覚し時計をもつて仮眠に入つた放送記者山崎福三から起して貰えることになつていたうえ、夜警員山本明治にも起して欲しいと依頼していたぐらいであるから、定刻起床の用意はしていたといえるのであつて、なお宥恕される事情が存するというべきである。

(六)  更に控訴人は、、原判決が控訴人において早朝のニュース放送の万全を期すべき何らの措置を講じていなかつたと説示した点や被控訴人の成績の評価などに関する判示を論難する。

以上みたところからして控訴人が泊り勤務者の早朝業務の確保に意を用いていたと一応いえるであろうが、同時に泊り勤務時間中の業務については管理者の眼が届かず、指導監督が徹底を欠いていたことも否みえない事実といわなければならない。

それに仮眠とはいつても、それによつて生ずる生理現象は普通の睡眠と本質的に異なる筈はないところ、五時間前後の極めて不十分な睡眠量で睡魔を克服して勤務につかせようというのであるから、泊り勤務者が定刻に起床したかどうかを確認するといつた方法などを考慮する余地があつたと思われるのであつて、控訴人の非難は必ずしも当をえたものといい難い。

また被控訴人の成績の評価などに関する原判示は相当であつて控訴人の主張は採用できない。

(七)  なおその余の控訴人の主張については引用した原判決の説示に格別付加するものはない。

三以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(合田得太郎 伊藤豊治 石田真)

(編注)就業規則の条文は次のとおりである

第四八条 従業員が、次の各号の一に該当するときは、これを懲戒する。

1 服務規律に違反し、その程度が重いとき。

2 職務を著しく怠つたとき。

4 故意又は過失により業務上の事故をひき起し、会社に重大な不利益を与えたとき。

6 勤務に関する手続を偽り、又は虚偽の届出をしたとき。

第四九条 懲戒は、始末書をとり、その程度により次の一又は二以上を合わせ行う。

5 懲戒解雇―即時解雇する。

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